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大分地方裁判所 昭和54年(ワ)390号 判決 1985年10月28日

原告

木村中

右訴訟代理人

吉田孝美

岡村正淳

柴田圭一

西田収

安東正美

被告

日出町

右代表者町長

伊藤政雄

右訴訟代理人

山本草平

内田健

主文

被告は、原告に対し、金三九八万八三一〇円及び内金三六三万八三一〇円に対する昭和五三年四月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを三分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一三四七万三三一二円及び内金一二四七万三三一二円に対する昭和五三年四月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の事実上の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和二六年六月六日、合併前の大分県速見郡藤原町に獣医として採用され、昭和二九年三月三一日、町村合併により日出町職員となり、昭和四七年四月一日、同町職員を退職し、昭和四八年八月一日、再び獣医として同町に雇傭され、昭和五三年四月一日付で同町を退職したものである。

2  被告の垣迫傳町長の不法行為―違法な退職勧奨

(一) 昭和四七年二月ころ、被告の職員で原告の同僚であつた訴外古屋獣医が被告の公金を横領したとして警察の捜査、取調べを受ける事態が発生した。

(二) 当時の被告町長垣迫傳は、厳正な行政処分に付すとして古屋の身柄を警察からもらい下げたが、そのころ、同町長自身が被告の町民から、職員の新採用に関する収賄等の疑惑をもたれ、また私的な問題をとりざたされていたため、古屋を右のとおり懲戒免職処分に付した場合、同人が反発して、同町長の疑惑等を暴露することを恐れ、直接的に古屋の責任を追及して免職にすることを避け、その責任の所在を曖昧にしたまま関係職員をも退職させて事態の収拾をはかる意図のもとに、同僚の獣医であつた原告に対しても連帯責任を理由として退職を求めた。

(三) 原告は勤務成績も良好で、これまでなんらの行政処分を受けたこともなく獣医としての技術も優秀で畜主の信頼も厚く、かつ古屋の不正とも無関係であり退職勧奨を受けるべき理由は何ら存しなかつた。

(四) そこで垣迫町長は、原告が右勧奨に応じないとみるや、原告を恫喝して退職させる意図で、事実無根である公金三〇万円を横領したとの理由で、原告を被告の懲罰委員会に諮問し、同委員会をして、原告を数回にわたり事情聴取せしめ原告を窮地に陥れた。

(五) それでも、原告が右勧奨に応じなかつたところ、同町長は、同年三月ころ、原告を町長室に呼びつけ、直接原告に対し、「ばかもんが」と罵倒したうえ、金三〇万円の横領につき原告の元上司であつた松本正二元産業課長が確かな証拠を握つている、勧奨に応じなければ懲戒免職処分になる旨述べて強迫し、退職を強要した。

(六) 垣迫町長はその後さらに原告に対し、「退職しても、同一給与で嘱託として雇傭し、そのうち正式に復職させる。その際原告の地位についても優遇する。また退職金についても継続扱いにする。」などと法的に不可能な事実をいう等詐言まで弄して勧奨した。

(七) 以上のようにして、垣迫町長は、原告に対し、事実無根なのに横領の嫌疑をかけて職場や地域から孤立せしめ、そのため原告が不安動揺に陥つて困惑の極みに至り、身心共に疲労しきつているのを利用して、さらに強要し、あるいは詐言を弄して退職勧奨し、ついに、原告をしてこれに屈せしめ、昭和四七年四月一日付をもつて依願退職させるに至つたもので、同町長の右行為が違法性を有すること、右退職と因果関係があることは明らかである。

(八) また右金三〇万円の横領は事実無根であつたし、仮にこれに類似の行為が外形的にあつたとしても、それは昭和四二年ないし四三年ころ、家畜診療保険の請求に関する制度の移行期に、事務手続の遅滞により保険収入の欠損を生じたというもので、事実調査をすれば容易に判明すべき事柄である。しかるに、垣迫町長は、事の性質上慎重な調査をすべきであるにもかかわらずこれをなさず、原告の横領と決めつけ、また懲罰委員会に諮問したり、再雇傭の際退職金を通算すると述べるなどの前記不法行為に及んだもので、同町長の右各行為には故意又は過失があることは明らかである。

3  被告の佐藤利男町長の不法行為

(一) 原告は、垣迫前町長の死亡後、佐藤利男新町長により昭和四八年八月一日付で被告に技師として再採用されたが、前町長の前項(六)の約束に反し、再採用後の待遇が勧奨退職時より降格されていたので、佐藤町長に不利益是正の申し入れをしたが、同町長に誠意のある態度がみられなかつたため、やむなく再び退職して被告の不法行為責任を追及する決意をし、同年九月ころ、再び被告に辞表を提出した。それと共に、同年一〇月四日、三〇万円横領事件の名誉回復等のため、同事件について架空の資料を垣迫前町長に提出した前記松本元課長を相手方として金一〇〇〇万円の損害賠償の訴を大分地方裁判所杵築支部に提起した。

(二) なお、右松本は、垣迫前町長と協力し、原告の三〇万円横領が事実無根なのに、その証拠を握つている旨進言し、原告を退職に追い込んだ責任者であるが、同年九月一日、原告に対し、その非を認めて被告町議会議長、収入役らを立会人とする詫状を作成交付した。

(三) 佐藤町長は、右訴訟を通じ、前日の退職時の実態が公になり、被告の責任が追及されることを恐れてか、原告に、再度の退職を思い止まらせ、かつ右訴の取下げを画策し、原告の辞表の受理を拒否し続け、町議会議員らを通じて執拗にその撤回と訴の取下げを働きかけた。

(四) そうして、佐藤町長は、昭和四八年一二月三日、伊藤定被告町議会議員方で、被告の助役、収入役、町議会議長同席のうえ、原告に対し、かねて原告が呈示要求していた①給与の改善②役職改善③五七歳停年制の適用除外④出張旅費改善及び公用車支給⑤退職金継続の五項目につき確実に実現させる旨約束し、右訴の取下げ及び前記詫状の破棄を求めた。

(五) 原告は、佐藤町長が右約束を履行するものと期待し、右申出に応じて少なくとも裁判の凍結(取下げではない)及び詫状を助役に預けることを承諾した。しかるに、右裁判は、原告らの知らぬ間に即日取下げられ、助役に預けた詫状は後日紛失させられてしまつた。また五条件のうち、前記①及び④は若干改善されたものの、②は何ら改善されず、③についてはその後停年になれば、退職してもらい、その後は嘱託としたい旨明らかに五条件に反する提案をするに至つた。以上の経緯から原告は、被告の背信的態度に耐えかねて昭和五三年四月一日退職した。

(六) 佐藤町長の右行為は、右五条件が履行されるかのように原告を欺き、又は少くともそう期待させ、当時原告がなしていた名誉と実損の回復のための権利行使を故意又は過失により妨害し、重要な証憑も取り上げて隠匿、毀損せしめた不法な行為である。

4  被告の責任

(一) 国家賠償法上の責任

前記2及び3の各町長の一連の行為は、原告に対する身分上の関係を背景として、その町長の職務の一環としてなされた公権力の違法な行使であり、被告は原告の被つた損害につき、国家賠償法一条一項による責任がある。

(二) 債務不履行責任

(1) 一般的に雇用契約においては、使用者は違法不当な方法で雇用関係を終了させてはならない債務を負担しているところ、被告の垣迫町長の前記2の退職勧奨行為は、右義務に違反するもので、雇用契約上の責任がある。

(2) 被告の佐藤町長は前記3、(四)のとおり原告に雇用契約に関する五条件の履行を約束しながらこれを履行せず、また詫状の保管契約上の義務に違背したことによる責任がある。

5  損害の発生

(一) 逸失利益 金七四七万三三一二円

原告が垣迫町長の前記2の違法な退職勧奨に応じて一時退職するようなことをせず、昭和五三年四月一日の第二回目の退職時まで継続勤務すれば、同日の退職時には金一三五五万二八一二円の退職金の支給を得られたのに、右退職時追給分を含め金二三八万三二〇〇円及び昭和四七年四月一日の第一回目の退職時金三六九万六三〇〇円の各退職金を受けたにすぎず、その差額金相当の損害を生じた。

(二) 慰藉料 金五〇〇万円

前記2の垣迫町長の行為、同3の佐藤町長の行為(同3の(五)の被告の助役をして詫状を紛失せしめた行為を含む)は、右町長らの誠意を信じ隠忍自重を重ねてきた原告に対し、結局これを裏切つたものであり、原告は、右行為により、横領の汚名を着せられて社会的名誉を失墜させられ、また一時退職による勤務条件の格差の発生等による経済的損失を負い、あるいは信頼して預けた原告の潔白の重要な証憑を失うに至るなど様々な精神的苦痛を被つた。これを慰藉するのに金五〇〇万円をもつて相当とする。

(三) 弁護士費用 金一〇〇万円

6  よつて、原告は被告に対し、一次的に国家賠償法一条一項に基づく、二次的に債務不履行に基づく損害賠償請求権により金一三四七万三三一二円及び不法行為の日の後あるいは催告の日の後である昭和五三年四月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  認否

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二) 同2の(一)の事実は認めるが、同(二)ないし(六)及び(八)の事実ないし主張は否認ないし争う。同(七)の事実のうち、原告が同日依願退職したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(三) 同3(一)の事実のうち、再採用されたこと、降格されたこと及び原告が訴を提起したことは認めるが、その余の事実は否認する。同(二)の事実のうち、松本が詫状に署名したことは認め、その余の事実は否認する。同(五)の事実のうち同日退職したことは認めるがその余の事実は否認する。同(三)、(四)及び(六)の事実も否認する。

(四) 同4の事実ないし主張はいずれも否認ないし争う。

(五) 同5の(一)の事実のうち、原告が受領した退職金額については認めるが、その余の事実は否認する。同(二)の事実ないし主張は否認ないし争う。同(三)の事実は知らない。

2  被告の主張

(一) 原告を含む被告町の職員である獣医三名の勤務態度、服務規律については、従来から問題があり、昭和三七年ころから被告の議会や監査報告で度々かつ厳しく指摘されてきた。ことに獣医らの重要な職務である家畜診療費の回収業務は放置され、勤務時間中の職務離脱が行われるなど厳重な懲罰処分に該当する事由がすでに存した。このように、原告ら獣医の服務規律が毎年のように被告町議会や町の監査で指摘されるという異常な状況の中で、昭和四七年一月ころ、古屋獣医の不正(診療手数料の町への不納付)が発覚し、警察の取調べが開始される事態となつて、直属の上司であつた石本産業課長において、原告ら獣医三名から、昭和四七年二月九日、退職願の提出を受けたのである。

(二) 被告の垣迫町長は、以上の経緯に照らし、右退職願の取扱いに慎重を期することとし、まず被告町の懲戒審査委員会の委員らによつて原告ら獣医三名及びその直属の上司であつた現、元各産業課長らから、診療報酬の未済等につき事情聴取した結果、原告の退職願を受理することにし、昭和四七年四月一日付をもつて退職勧奨に応じたものとして依願退職として処理したものである。このように懲戒審査委員会による事情聴取は、右退職願の処理上、診療報酬手続の未済状況等の事実を確認のため行なわれ、その対象者も原告に限られず、他の二名の獣医に対しても行なわれたもので、原告主張のように専ら原告の三〇万円横領追求のためないしは原告に退職を迫るため不当に圧力をかける場としたものではなかつた。同町長の松本元産業課長に対する聴取も原告の診療報酬の未収整理を問題とし、同人の同課長時代の診療報酬に関する金三〇万円の事務懈怠についてである。これらを原告は勝手に三〇万円横領の嫌疑をかけられたため退職したと事実を歪曲して主張しているにすぎない。

(三) 原告に関しては、そのころ、職場を無断で離脱のうえ、その勤務時間内に管轄外の別府市で飲酒をしたことを、被告町議会で指摘されたばかりであつたし、従前から診療費の回収放棄等を指摘され、他の獣医と比較しても診療報酬の整理が遅れるなどしていたため、町議会からも厳重な行政措置を求められていた状況であつたのに、さらに加えて家畜の去勢、鑑定等の手数料の徴収問題が発覚したため、被告の町長としても、原告につき懲戒免職を含む行政処分を検討してもおかしくない状況にあつた。

(四) 松本元課長が垣迫町長に、原告の三〇万円横領を進言したこともないし、それを原告に認めたこともない。いわゆる詫状は、原告が起案して松本に押し付けたものであり、その内容に照らしても、原告の退職が横領の嫌疑をかけられたことによるとする証拠となるようなものではない。松本が署名したのも、原告が異常な心身の状態にあつたためである。

(五) 原告が松本に対する訴を取下げたのは、昭和四八年一二月三日伊藤町議方で原告と松本間に和解が成立し、和解書が作成されたことによるもので、右和解には、原告の右訴の取下げを承諾する内容を含むもので、原告も裁判所に対する右取下げ手続に同行している。右和解に関し、佐藤町長が五条件の約束をしたことはない。

三  抗弁

1  仮に垣迫町長の退職勧奨が違法で被告に国家賠償法上の損害賠償責任があつたとしても、右賠償請求権は、遅くとも、原告の辞表が受理された昭和四七年四月一日に発生しており、その後三年の経過により時効消滅している。

2  原告は、まず公務員としての地位を失つたことに対する措置として地方公務員法四九条以下の不服申立による救済を求めるべきだつたのであり原告はなんらその措置をとつていないのであるから身分を失つたことに関してその身分が存在していたことを前提とする退職金相当額及び慰藉料の請求をすることはできない。

四  抗弁に対する認否

抗弁1は否認ないし争う。時効の進行は、被害者が提訴可能な程度の具体性をもつて損害を知つた時から開始するもので、本件における垣迫町長の退職勧奨行為には相当期間経過後、原告を再雇用し退職金も通算する等して原告の損害をすみやかに回復する旨の約束が含まれていた。原告は、最後に退職した昭和五三年四月一日まで再三右約束の履行を被告に求めてきたものであり、右退職直前ころ、右約束履行の余地なしと最終的に判断し、退職したものであるから、本件において、原告が損害の発生を確定的に知りえたのは、右退職の直前である昭和五三年四月ころというべきである。

抗弁2は争う。

五  再抗弁

原告が、昭和五三年四月の退職前、被告に本件損害賠償請求権を行使しなかつたのは、各町長や被告の対応が、原告に損害回復の期待を抱かせてきたことによるものでかかる事情下で時効を援用して主張するのは信義則違背ないし権利濫用にあたる。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁は否認ないし争う。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1及び2の(一)の各事実は当事者間に争いがない。

二<証拠>を総合すると次の事実が認められる。

1  原告が昭和四七年四月一日付けをもつて退職するに至つた経緯

(一)  被告町には獣医は原告を含めて三名いたが、右獣医らは、従来から被告議会や監査等において、しばしば、獣医の重要な職務のひとつである家畜診料費の未収額が多く、その回収がとどこおつていること、畜主から謝礼を受領するなどの金銭問題、仕事は僅かしかせず勤務時間中私用のための職場離脱をしたり、所在がつかめなかつたこと等その事務処理状況、勤務態度や服務規律の弛緩ぶり等につききびしく指摘され、ことに昭和四六年から四七年にかけて、右指弾が頻繁になされる状況にあつた。原告に関する具体的な指摘としては、昭和四二ないし四三年にかけて、家畜診療費の保険機関への請求が最長九か月分にわたつて合計二、三〇万円位の額につき遅延したため、保険てん補額が減額され被告町の収入に欠損を生じさせたことがあつたこと、また、昭和四六年一〇月一二日ころ、勤務時間中に職場を離脱して別府市内にいたことが指摘され、きびしい批判を受けていた。

(二)  このような状況下で昭和四六年二月ころ、原告の同僚であつた古屋獣医が畜産農家から妊娠の鑑定、削蹄、去勢を依頼され、受領した手数料を被告町に納付していない不正横領事件が発覚し、同獣医が警察の取調べを受ける事態となつた(以下「古屋事件」という)。

(三)  被告町の当時の町長垣迫傅は、かねてから獣医らに対し被告議会や監査で厳しく指摘を受け、また町議会議員らの突き上げもあつたし、獣医らに兎角の噂もあつたことから、右古屋の刑事問題をも含め、綱紀粛正をはかるとともに事態を収拾するため、とりあえず、古屋のみならず原告を含む獣医三名全員から、昭和四七年二月九日、一応自己都合による退職願を提出させた。

(四)  ところで、右退職届は、垣迫町長の指示要請により一応提出されはしたものの、右提出時点では、事態収拾のためとして一応の提出を求められたに過ぎず、真に被告町を退職する意思を有してなされたものではなく、進退伺的な意味あいのものであつたことから、同町長は、少くとも原告に対しては、真実退職を求めるため、まず直属の上司である石本産業課長を通じて退職の勧奨をなした。しかし、原告がこれに容易に応じようとしなかつたため、同町長は、原告をして勧奨退職に応ぜしめるべく、古屋の刑事問題もからめ、原告についても金三〇万円の公金横領問題(以下「三〇万円横領問題」という)があるなどを理由に、獣医三名に関し、同町吏員懲戒審査委員会で非公式に事情聴取を行わしめようと考え、担当職員を動かして同委員会を非公式に開催せしめ、原告から右横領問題等について事情聴取のみをなさしめた。同委員会は、同年三月七日から九日にかけて三回にわたり開催され、原告ら獣医三名を対象として事情聴取が行われ、ことに、原告に対しては三〇万円横領問題について追及がなされた。しかし、原告の右の問題は結局は前記(一)に認定の昭和四二、三年ころの診療請求手続の遅延に関することで、そのころすでに一応の結着がついた問題であつて、右事情聴取によるも横領云々とするような事情は何も出てこなかつた。また同委員会は、単なる事情聴取を要請されたに留り、もともと本来の権限である懲戒に関する議決を行うなどの目的で開かれたのではないので、何らかの結論を出すこともなく、議事録自体も作成されず、非公式の会議として処理された。

(五)  原告も、もとより同委員会の追及に対し三〇万円横領の事実を否認し、退職勧奨にも応じない意思を表明したことから、垣迫町長は、そのころ、原告を町長室に呼びつけたうえ、「ばかもん」などと罵倒したうえ、「三〇万円横領問題については松本が確かな証拠を握つており、この際勧奨退職に応じなければ懲戒免職処分になり、恩給も退職金もなくなつてしまうし後の就職にも苦労する」旨述べて、原告に退職勧奨を迫つた。また、同町長は、助役や原告の直属の上司である産業課長らをして、「町長は原告らのあとのことはちやんと面倒をみるといつてる」などと告げさせて、退職を勧奨させた。

(六)  ところで、垣迫町長の前項の発言や前記委員会の事情聴取は、被告の松本元産業課長から原告につき三〇万円横領問題があるかのごとき報告を受けていたためであるが、同町長は、自らその真否について特段の事実調査をすることなく、右報告を軽信し、「事実関係は町長と松本のみが知つている」と確言するなどして右各言動に及ぶに至つたものであるが、原告にとつて、三〇万円の横領問題は身に覚えのないことで、否定し続けた。

(七)  しかしながら、原告は、同町長らから前記(四)、(五)のように度々強く退職勧奨を受け、また懲戒処分をほのめかされたことにより、三〇万横領をいわれることは心外だが、同町長ならば本当に懲戒免職処分にするのではないか、仮にその処分を受ければ、ただでさえ前記懲戒審査委員会に横領問題でかけられてこれが内外に知れて恥しい思いをしているのに、そのうえはつきりと社会的にも名誉を失墜することになる等とかれこれ思い悩み、退職やむなしとの心境に追い込まれた。加えて同町長から、「退職後は嘱託として同じ給料で使つてやる、そのうち、なるべく早期に正式吏員として再採用する、退職金も通算できるようにする」旨申し渡されてこれに信を置いたことなどから、同年四月一日付で退職勧奨に従う形で被告町をついに退職し、ひきつづき同日から嘱託として従前どおり獣医の仕事をつづけた。

(八)  そして、原告の三〇万円の横領問題は、結局、原告の退職に伴つてそれ以上究明、調査もされることなく、一件落着したものとされてしまつた。しかし、原告にとつては前記のとおり全く身に覚えのないことであつたし、横領を裏付ける確たる資料も存せず、また松本においては、後日、後記2の(一)で認定のとおり、町長に対する原告の横領問題の進言につき非を認めて謝罪した。

2  原告が昭和五三年四月一日付をもつて退職するに至つた経緯

(一)  原告は、昭和四七年九月垣迫町長の急逝により新町長に就任した佐藤利男町長の下、昭和四八年八月一日付で被告に吏員(獣医)として再採用された。しかし再採用後の待遇が勧奨退職時より二号給降格されていたことに強い不満を感じ、かつ佐藤町長らにこれを是正する考えがないとして、同年九月二日ころ、再度被告に辞表を提出した。他方、原告は、松本に対しても、三〇万円横領事件は事実無根である旨の事実確認を求めていたところ、同年九月一日、原告方において、被告の町議会議長ら同席のもとで、松本から原告に対しその非を認める謝罪を受けるとともに、原告作成の草稿に従つて同人が作成した詫状を受領した。そして、原告は、右詫状を有力な証拠として、三〇万円横領事件についての名誉及び実損を回復するため、松本正二を相手に、垣迫前町長に架空の資料を提供し、原告を不法に陥れたとして、同年一〇月四日一〇〇〇万円の損害賠償請求の訴えを当裁判所杵築支部に提起した。

(二)  ところで、佐藤町長は、原告の退職を思いとどまらせかつ原告と松本間の前記訴訟を話合いで解決しようとはかり、原告の辞表の受理をこばむと共に、同町会議員らを通じて、右紛争を話合いで解決するよう働きかけた。その結果、昭和四八年一二月三日、被告町議会議員伊藤定方において、佐藤町長のほか、同町の助役、収入役、町議会議長、松本、原告らが集まり、その席上、原告と松本との間で、松本が原告に対して和解金として金一〇〇万円を支払うことを前提として、原告は、松本に対する右損害賠償請求訴訟を取下げ、本件詫状は高橋助役に預けること等の合意が成立し、その趣旨の和解書が、被告町長及び被告町議会議長を立会人として作成され、原告の松本に対する前記訴訟は即日取下げとなつた(なお、佐藤町長が、同日の伊藤方での話合いに同席していなかつたとする証人、麻生、同高橋の各証言及び乙第一四号証の記載は、証人糸長進の証言、原告本人尋問の結果(第一、二回)に照らし措信できず、乙第一三号証の記載も右認定を左右するに足りない)。

(三)  右伊藤方での会合の際、原告から佐藤町長に対し、改めて原告の待遇に関して請求原因3(四)記載のような五項目の要求があり、これに対し、同町長は、原告の要求に副い、次の五項目についてその実現に努める旨発言した。その内容は(イ)同僚獣医と年齢、勤続年数を考慮のうえ給与の改善を行うこと、(ロ)昭和四九月四月には管理職とし、輩下に専任の男子職員一名を付すこと、(ハ)停年制を適用しないこと、(ニ)昭和四九年四月に専用の公用車を支給し、出張旅費を改善支給すること、(ホ)退職金は通算して継続扱いとすることの以上五項目であつた。その後右五項目のうち給与は昭和四九年一月一日付で行政職一等級に昇格し、専任の女子職員も一名付され、さらに原告の所属する産業課に公用車が支給されて、原告の待遇がかなり改善された。しかし、一方退職金の通算問題については、高橋助役が県当局と交渉する等努力が重ねられたが、結局制度上、不可能であることが明らかとなつた。また原告の停年制適用除外問題については、結局実行することができず、被告は、原告に対し停年後は嘱託として雇用する旨の提案をした。

(四)  その後、原告は、前記の町長の発言にそつた五項目の完全実施を被告に機会ある毎に求めてきたが、前項で述べた以上には実施されず、結局原告は昭和五三年四月一日付をもつて被告町を退職した。なお右退職に際して、原告は、被告に対し本件詫状の返還を求めたが、紛失したとして、その返還を受けることはできなかつた。

以上の事実が認められ、<反証排斥略>、他に右認定を左右する証拠はない。

敍上の各事実に照らし、垣迫及び佐藤各町長の原告に対する不法行為の成否につき、以下のとおり判断する。

三垣迫町長の退職勧奨行為について

1  退職勧奨は、雇傭関係にあるものに対して、自発的な退職意思の形成を慫慂するためになす説得等の事実行為であつて、任命権者において自由になしうるものであるが、欺罔、強迫等によつて被勧奨者の自由な意思形成を妨げるような勧奨行為は、違法な権利侵害として不法行為を構成することになるというべきである。これを本件についてみるに、垣迫町長は、獣医らに対する町議会その他の批判や他の獣医の刑事事件を鎮静させる意図で、原告に対し退職勧奨を行つた。しかし、同町長は、原告が通常の説得ではこれに応じないとみるや、同町の一吏員が十分な根拠もないまま進言したもので、原告にも身に覚えのない三〇万円の横領問題をとりあげたうえ、「その証拠を握つている、事実関係ははつきりしている」等と確言し、そのうえ被告町の吏員懲戒審査委員会を原告らの右非違行為の調査機関として利用し、非公式のまま同委員会で事情聴取を行なわせて三〇万円横領につき追及させ、原告の社会的名誉や名誉感情を毀損させ、さらに、同町長自ら原告に対し、三〇万円横領問題について懲戒免職処分に付される可能性あることを示唆した。これらの同町長の行為は、原告をして、退職勧奨に応じなければ懲戒免職処分に付されて社会的、経済的に甚大な打撃を受けるものと思い込ませ、退職もやむなしとの心境に追い込み、加えて(七)に認定のような原告に対する復職等の利益誘導と相まつて、原告を退職勧奨に応ずる決意を抱かせ、退職させたものと推認される。しかも、同町長が原告の非違行為として認識し指摘してきた三〇万円横領問題は根拠のないものであるのに、一吏員からの報告を軽信し、事実調査、確認等をもすることなく、軽卒にも、これを根拠に原告に対し懲戒免職処分に付すことを示唆する発言をなしたものであるから、同町長の右各行為は、故意または重過失によつて退職勧奨行為の本来の目的である被勧奨者(原告)の自発的な退職意思の形成を慫慂する限度を超えて心理的圧力を加え、もつて、退職を強いたものと考えるのが相当である。そうして、人事権を有するものにおいて、退職、任用等人事に関し強制その他これに類する方法を用いることが不当であり、回避せらるべきことはもとよりのことであり(国家公務員法三九条参照)、右町長の勧奨行為は違法性を帯びるものというべきである。

2  そこで、被告の責任についてみるに、垣迫町長のなした本件退職勧奨行為は、任命権者の人事権に基づく行為であり、被告の公権力の行使であるというべきであるから、被告は原告に対し国家賠償法一条一項により違法な退職勧奨によつて原告が受けた損害を賠償すべき義務があるというべきである(なお、被告は、仮に、原告の右退職が一種の不利益処分であるというのなら、身分を回復すべく、原告は地方公務員法四九条以下の規定に基づく不服申立による救済を求めるべきで、これを履践していないのに、身分の存在を前提として本件損害賠償を請求することはできない旨主張しているが、同条に基づく不服申立に関する審査請求の前提を規定する同法五一条の二が前置を必要とするのは、不利益処分の取消の訴えに関してであり、これと制度の趣旨目的を異にする国家賠償法による請求に関してまで、右審査請求の前置を要求されるものではない。また敍上の本件事実関係に照らしてみれば、右不服申立の制限期間内に、将来の改善を信じていた原告において、かかる不服を申立てることを期待することは相当とはいえず、右申立てをしなかつたことをもつて原告に何らかの責任を負担させることは相当でない)。

四佐藤町長の五条件違反行為について

前記のとおり、佐藤町長は、昭和四八年一二月三日、たしかに原告に対し、その退職慰留のため、五項目の待遇改善について発言しており、原告は、この点につき、同町長は右五項目を確実に実現させる旨約束したものであると主張している。しかしながら、右五項目の実施にあたつては、他の職員との均衡を考慮しなければならない点、予算の裏付けを必要とするものは議会との調整も必要とされる点、さらには退職金の継続問題についても関係部署との調整が避けられない点等の障壁があつて、右五項目は町長のみの判断で左右できるものばかりではない。したがつて、右の五項目の内容、性質に照らすと、町長の原告に対する前記発言は、そのすべての完全実施を確約する趣旨の発言であつたとは到底理解しがたく、結局、右発言は、前記認定のとおり、被告において五項目の実現に努力し、可能な範囲で改善、実施する趣旨のものと解するのが相当である。そうして、被告は、五項目のうち給与、補助職員及び専用公用車に関しては、現実に原告の待遇を改善し、退職金の通算についても、助役をして実現にむけて努力させたが、制度上の理由で実現不能となつたものであるし、停年制についても、同様制度上実現できず、嘱託として採用する等代替案を提起する等努力している。これらに照らすと、被告は、原告に対する五項目の待遇改善について、その合意に従つて、可能な範囲で真摯に努力していると認めうる。そうすると、五項目に関する原告との合意内容は、その合意趣旨に照らし、被告において十分履行されているものであり、その上の完全実施を求めるのは、合意以上のものを求めるか不可能を強いるに近いものといわざるをえず、したがつて、五項目の待遇改善が完全に実施されないことをもつて、被告が原告に対し、債務不履行責任ないし不法行為責任を負ういわれはないというべきである。

五消滅時効の主張について

1 被告は、本件国家賠償法上の損害賠償請求権について、原告の辞表が受理された昭和四七年四月一日から三年の経過をもつて、時効により消滅した旨主張するが、同法に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間は、被害者である原告が損害及び加害者を知つた時から起算すべきところ(同法四条、民法七二四条)、本件においては、遅くとも垣迫町長の違法な退職勧奨がなされた後であり、かつこれにより退職を余儀なくされた昭和四七年四月一日には、加害者が同町長でありかつ原告に損害が発生したことを一応知つたということができなくはないが、前記二の1及び2で認定の本件の二回にわたる退職の経緯、ことに、原告が、第一回の退職時、当時の垣迫町長から退職は一時的で、すぐに身分や給与の回復、退職金の通算処理等を約されてこれを信じていた状況や、佐藤新町長になつて右の約束の一部が履行されたうえ、なお、同町長との間に、昭和四八年一二月ころ、右同様退職金の通算等原告の損害を回復させるための前記五項目の話し合いができるなど、被告の町長らの行為が、原告に損害回復の可能性がある旨、あるいは退職勧奨によつて受けた精神的苦痛も、それで慰藉される旨の強い期待を抱かせるに十分なものであつたし、他方原告も右回復の可能性を信じ、昭和五三年四月一日付で被告を退職するまでの間、その実現に向けて、前認定のとおり諸々の手段を尽していたという状況にあつたことに徴すると、結局、原告において、その完全回復を不可能と諦観した時点をもつて、民法七二四条にいう「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」にあたるというべきである。そうして、原告本人尋問の結果(第一、二回)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、五項目の完全実施が実行されないものと見直しをたて、退職の決意をしたうえ、昭和五二年三月ころ、その預け先の被告町の助役に本件詫状(甲第二号証の原本)の返還を求めていることが認められ、その時期以前に、原告が裁判以外によつて第一回目の退職に伴う損害の回復を実現することが不可能と認識し、右損害賠償請求権を行使しうる状況にあつたものと認めうる証拠も存しないから、原告が右諦観した時点は、早くても昭和五二年三月ころか、さもなくとも確定的には第二回目の退職時である昭和五三年四月一日とみるのが相当である。そうすると、右のいずれの時点からも本訴提起まで三年間の経過は存しないから、消滅時効に関する抗弁は採用できない。

六そこで進んで原告の損害について検討する。

1  退職金に関する損害について

(一) 前述のとおり、原告は、昭和二六年六月六日、合併前の大分県速見郡藤原村に採用され、昭和二九年三月三一日町村合併により引続き被告町職員として勤務し、垣迫町長の違法な退職勧奨行為が存しなければ、昭和五三年四月一日の定年退職時まで、継続して約二六年九か月余にわたつて被告町に勤務しえたことになるし、しかも、前記二の1の(七)及び2の(一)に認定のとおり、原告は本件退職勧奨による退職後も、引続き被告町の嘱託となり、獣医として従前と同じ仕事に従事し、その後吏員に再採用されているのであるから、従事した職務内容からみても、実質的に右の期間継続して獣医として勤務したものとみることができる。

そして、<証拠>によると、被告は、原告が昭和五三年四月一日付で退職した際これを整理退職扱いとして退職金の計算をなしていること、原告は右退職時に少なくとも月額二六万四八〇〇円の給与の支払を受けていたことが認められるので、これらの事実関係に基づいて成立に争いのない甲第一九号証に照らし、原告の右当時の得べかりし退職金額を算出すると、次の計算式のとおり金一四〇一万三二一六円となる。

二六万四八〇〇円×(一五〇×一〇+一六五×一〇+一八〇×七)×一・二÷一〇〇=一四〇一万三二一六円

ところで原告は退職金として昭和四七年四月一日の退職時に金三六九万六三〇〇円、昭和五三年四月一日の退職時に金二三〇万四九〇〇円の、また、同日以降金七万八三〇〇円の各支払を受けたことは当事者間に争いがないところ、右昭和四七年四月一日受領分の退職金については、昭和五三年一二月三一日までの中間利息相当金一二五万七〇九五円(年五分の割合による複利計算)を加算して前記得べかりし退職金額一四〇一万三二一六円から右受領分等を控除するとその差額は金六六七万六六二一円となり、前判示のように原告が退職期間も在任中と同様の職務に継続従事した事実に徴すると、原告は、本件退職勧奨に従つた退職により、右差額と同額の得べかりし利益を失つたものと認めることができる。そうして右退職は垣迫町長の行つた前記違法な勧奨行為に起因するものであるから、右の損害も同町長の右行為と因果関係がある。

(二)  過失相殺について

ところで、前記1の(一)ないし(三)に認定のとおり、被告町においては、かねてから獣医の勤務態度不良や金銭授受に関する兎角の噂さがあり、原告においても、家畜診療費の著しい未収問題を生じさせたり、勤務時間中の勝手な職場離脱が発覚して、町議会や監査委員から度々厳しい批判や勧告を受けるなど町内外から問題視されていた状況下で、刑事問題を含んだ古屋事件が偶々発生し、当時の垣迫町長としても、獣医らに対する何らかの対応を迫られたすえ、本件退職勧奨に及んだものであり、その勧奨行為の原因として、原告の右非違行為や勤務状況が存在していたことは否定できないし、原告を含めた被告町の獣医全体の綱紀の弛緩の問題が内在したことも明らかである。加えて、<証拠>によれば、原告は、本件退職勧奨を受けた際、古屋問題に加え自身の横領問題も刑事事件化し、被告町に司直の手がさらに伸びることになれば、これが導火線となつて、当時被告町がかかえていた諸々の不正や町長の私行等も顕在化し、町全体が重大な局面を迎えるものとの認識をもち、町長や町幹部職員らのこの点からの説得もあつて、被告町のかかる難局は自らが身を引くことによつて打開できると信じ、そのうえで本件退職勧奨に応じたことが認められる。勿論、原告が退職勧奨に応じる決意をするに至るには、前判示のとおり、垣迫町長による不当な勧奨行為がその主たる一要因として存在してはいるけれども、右の認定のような原告自からの動機も存し、これらが競合して原告の本件勧奨応諾の意思表明に至つたものと推認される。さらにまた、弁論の全趣旨によると、横領問題につき事実無根を信じていた原告においては、その信念を貫き最後まで勧奨拒否の態度をとつていれば、退職せずに終つた可能性が強く認められるし、万一不利益処分を受けても、救済手続により十分救済されたものと認められるのである。にも拘らず、原告において、たやすく勧奨に応じた落度があることは否めない。

そうして敍上の事実は、本件退職に伴う損害を算定するうえにおいて考慮すべき事情と思料されるので、過失相殺の法理にしたがつて、本件損害に対する原告の過失割合を五割と評価する。

(三)  以上によれば、原告が賠償されるべき逸失利益の額は金三三三万八三一〇円となる。

2  慰藉料について

次に、原告は垣迫町長から身に覚えのない三〇万円横領問題で事実上吏員懲戒審査委員会にかけられるという不名誉な処遇を受け、その結果このことが他の吏員や住民等内外に伝播し、原告の名誉を著しく傷つけることになつたであろうことは推測に難くない。また、同町長その他から懲戒免職処分に付すると恫喝されたり、強く退職を勧奨されたこと等によつて相当の精神的苦痛を受けたことも容易に推認しうるところである。第一回の退職及び復職後その身分、待遇等に不利益を受け、名誉ともどもその回復にひと方ならぬ労苦を強いられ、ついには満足する解決をえられず、傷心のまま退職するという苦痛を受けているのである。他方、本件退職勧奨問題には、前記1の(二)で判示のとおりの原告側に帰すべき問題も存するので、これらも併せ考慮するとき、垣迫町長による本件不法行為によつて原告の受けた精神的苦痛を慰藉するに足りる金額は金三〇万円をもつて相当とする。

なお、原告は、被告の助役が本件詫状を紛失した行為をも佐藤町長の不法行為として慰藉料を請求するところ、前記二の2に認定の事実経過に照らすと、被告の助役が本件詫状を故意にか少なくとも重過失によつて紛失したであろうことが推測されるものの、一方弁論の全趣旨によれば、原告はそのような事態を予測し、予め本件詫状を複写し、これを現在なお所持し、本訴でも証拠として提出していることが認められるし、本件詫状の存在は、その作成者松本自身も本訴において認める趣旨の証言するところであるから、本件詫状の紛失が、原告の本件紛争に必要な権利行使の妨げとなつた事実が具体的に存するわけではなく、そうでなくとも、その写によつて代替せられうるものであるから、原本自体単なる紙切れ以上に出るものではなく、原告がその紛失につき、金銭をもつて慰藉されるほどの精神的損害を被つたものということはできない。

3  弁護士費用について

弁論の全趣旨によると原告が本訴提起を弁護士に依頼して相応の謝金の支払を約したことが認められるところ、本件不法行為と相当因果関係にある損害は、本件事案の内容、訴訟の経緯、認容額その他諸般の事情に照らして金三五万円が相当であると認める。

七結論

以上の事実によれば、原告の被告に対する本訴請求は、そのうち金三九八万八三一〇円及び三六三万八三一〇円に対する不法行為の日の後である昭和五三年四月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官川本 隆 裁判官原村憲司 裁判官小久保孝雄)

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